魔術師マティラム･ミスラの人物像
「ハッサン･カンの妖術」（谷崎潤一郎）
（「潤一郎ラビリンスⅥ」）中公文庫
「ハッサン･カンの妖術」（谷崎潤一郎）
（「少将滋幹の母 他三篇」）中公文庫
図書館で
調べものをしていた｢私｣は、
インド人･ミスラと懇意になる。
ある日、
ミスラの家を訪問した｢私｣は、
彼の語る｢魔術｣に、
自らもかかってみたいと
申し出る。
｢私｣の魂は肉体を離れ、
涅槃へと入る。
そこで｢私｣が出会ったのは…。
昨日、芥川龍之介の
｢魔術｣を取り上げました。
そこで登場する
魔術師マティラム･ミスラは、
実は本書の登場人物です。
もちろん谷崎が創造した
架空の人物です。
芥川はそれを流用し、
自分の作品に現実感を与えるとともに、
二重虚構の仕掛けを施したのです。
さて、そのミスラの人物像です。
芥川は｢カルカッタ生まれの愛国者｣
｢ハッサン･カンという名高い婆羅門の
秘法を学んだ｣と紹介しています。
ここは谷崎作品に忠実です。
ミスラ氏の住居は
｢大森界隈の｣｢西洋館｣、
これも同一です。
もっとも谷崎作品では
｢荏原郡大森山王一二三番地｣と、
手紙が届くくらい
具体的に記されています。
それぞれの主人公が訪問するのも
雨の降る晩と、共通しています。
しかし、ミスラの性格と、
彼の使う魔術の質が、
両作品では決定的に違います。
芥川作品のミスラは、
人の世を達観した
不惑の人物として描かれています。
魔術師というよりは
｢杜子春｣や｢仙人｣の
仙人に近い存在です。
一方、谷崎作品では、
神経質で気難しい性格となっています。
生身の人間を感じさせます。
芥川作品で彼の使う魔術は、
基本的には｢催眠術｣です。
突き詰めれば｢まやかし｣です。
ところが谷崎作品のそれは、
自分の霊魂を自由に飛翔させ、
異体験(霊体験か？)を
するというものです。
こちらの方は正直です。
本書で｢私｣(の魂)は、
ミスラの魔法により、
天界を浮遊します。
そこで一羽の鳩と化した
母と出会うのです。
母曰く
「わたしはお前のような
悪徳の子を生んだ為めに
その罰を受けて、
未だに佛に成れないのです。」
それに対して｢私｣は答えます。
「お母さん、私はきっと、
あなたを佛にしてあげます。」
ここに谷崎の正直な気持ちが
表れていると考えます。
芥川がミスラ氏を用い、周到に
虚構の世界を構築したのとは対象に、
谷崎は本作品中に
きわめて人間的な正直さを
表出させているのです。
｢玄弉三蔵｣という作品の
取材余話の形式で書かれているため、
やや冗長な印象を受ける作品ですが、
こうして芥川の｢魔術｣と比較すれば、
読みどころは多々見つかります。
二作連続で読むことをお薦めします。
〔芥川龍之介｢魔術｣とその収録文庫本〕
〔マティラム･ミスラ氏の登場する本〕
ミスラ氏を登場させた本は
もう一冊あります。
中島京子の｢夢見る帝国図書館｣です。
｢文豪の谷崎と芥川が出会った
人物であるから実在する｣という
ジョークとして使われています。
こちらもぜひご一読を。
〔本作品を収録している文庫本〕
本書は中公文庫の2冊に
収録されています。
｢潤一郎ラビリンスⅥ｣は、
｢異国奇談｣というテーマで
編まれているため、
作品の持つエキゾチックさが
強く感じられます。一方、
｢少将滋幹の母 他三篇｣は、
最後の場面の、母親との邂逅が
神々しく感じられます。
収録される作品集のカラーによって、
作品から受ける印象も変わってきます。
〔｢潤一郎ラビリンスⅥ｣収録作品一覧〕
独探
玄弉三蔵
ハッサン･カンの妖術
秦淮の夜
西湖の月
天鵞絨の夢
〔｢少将滋幹の母 他三篇｣収録作品一覧〕
少将滋幹の母
ハッサン･カンの妖術
二人の稚児
母を恋ふる記
（2020.3.2）
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